才下眉頭、却上心頭
(ひそめた眉をしばし開いても、この思いはまた私の心に浮かぶ)
宋の女流詩人李清照の「一剪梅」(後半)の詩句から——-
花自飄零、水自流。一種相思、両処閑愁。
此情無計可消除、才下眉頭、却上心頭。
はなびらが、音もなく舞い落ちて、水はゆっくり流れて行く 思いは一つなのに、こうして別れている
どうしてもあなたのことを考えてしまう 頭から消そうとしても 却って思ってしまう
古の人 李清照は千里も離れた地にいる夫趙明誠を切実に恋しく思って、その気持ちを詩に詠じた。
現代に置き換えれば、現代詩で表現することができる。
「花びらが自然に落ち、川が静かに流れている。ああ、それらはすべて無情だ。しかし、遠く離れている私たち二人は昼も夜も同じ思いを抱いている。
一時もこの思いを忘れることはない。そのような感情、それを無くすことなどできない。ひそめた眉をしばし開いても、この思いはまた私の心に浮かぶ!」
男女が愛情におぼれて,慷慨奮起する気構えが乏しくなるというが、昔の人は尚さらその通りだ。現在のメディアの発表を見ると、裕福な社会の継続的な繁栄により、離婚率は上昇している。おやまあ!どうしてこんなに高いのか? 都市部の住宅購入状況の影響を受けていると言われており、分割・結合は避けられない。理由がそれだけなら、両当事者の両親と年長者たちは長老たちも安堵のため息をつくだろう!
人有悲歡離合 人に悲歡離合有り
月有陰晴圓缺 月に陰晴圓缺有り
此事古難全 此の事古より全くなり難し
但願人長久 但だ願はくは人長久に
千里共嬋娟 千里 嬋娟を共にせんことを
人には悲歡離合があり、月には陰晴圓缺がある、古からこのことを完全な形に保つのは難しい、ただ人がとこしえに、千里の距離を離れていても、この月の輝きを共に明ことを願うのみだ
古代の共鳴が今日の人々にも新しい時代のシンフォニーをもたらすことを祈る!
(編集者:秦川)