人は一生のあいだに、いくつもの出会いを繰り返す。
家族、おさななじみ、学校に入れば同級生ができ、先輩・後輩、思春期になれば気になる異性があらわれ、学生時代には親友やライバルが、そして、社会に出れば上司・同期・部下とめぐりあう……。人との出会いは、まさに人生そのものといえるだろう。
もちろん、すべての人と友好的な関係を築けるとはかぎらない。信頼していた相手に裏切られることも、愛し合った人と別れることもある。だが、それもまた人生である。
人生はまた、岐路の連続でもある。しかも選んだ道を進むことしかできない。
「もしも、あのとき、別の道を選んでいれば……」と嘆いたところで、時は戻らない。
本書に収録された三篇の作品は、人生を歩むうえで悩んだり迷ったりする心を払拭してくれるかもしれない。
表題作である第一篇の「愛はどこから ―― 隠元禅師日本渡来記」は、中国・黄檗宗の高僧である隠元の人生を描いている。「阿昞(あびん)」と呼ばれていた隠元禅師は、悪夢のような子ども時代をすごした。一念発起し、仏門を目指すが厳しい日々は続く。しかし、不屈の精神で修業を積み、素晴らしい師匠との出会いもあり、やがて立派な僧となる。
だが、それだけでは終わらない。隠元禅師は海を渡り、日本へ。当時としては、命を懸けた一大決心だったはずだ。食材のひとつ「インゲン豆」との意外な関係も明らかに……。ここから先は「ネタバレ」になるので、書籍をお読みいただきたい。
第二篇の「琥珀と水晶 ―― 貴妃酔清酒」は、中国三大美人の一人として、その名を知られる楊貴妃の物語。唐朝皇帝・玄宗の愛妃だった楊貴妃が、日本から派遣された遣唐使の船に乗り込み、長門の国(現在の山口県)に到着する。
中国を発つまでの経緯や船旅の苦労の描写も鮮烈。楊貴妃の「案内役」を務めた貴族・藤原刷雄と何かが起こりそうな予感はワクワクさせる。
じつは、楊貴妃と孝謙天皇との女性同士ならではのやりとりも興味深いが、ここから先は書籍でお楽しみいただきたい。
第三篇の「師恩 ―― 魯迅の青春」は『故郷』『阿Q正伝』などの作品で知られる魯迅の物語。
仙台医学専門学校(現在の東北大学医学部)に学んでいた魯迅の若き日にメインスポットを当て、その前後の日本と中国の社会情勢とともに、魯迅の青春群像を浮き彫りにした作品である。
時は、明治の後半から大正を経て昭和初期までという、まさに「激動の時代」。そこで魯迅が見たものは? 聞いたものは? 経験したことは? そして、なぜ、魯迅は学業半ばであった医学の道から、文学の道へと進路を変えたのか?
その謎解きは書籍でどうぞ。
さて、それぞれの作品の主人公、すなわち、隠元禅師、楊貴妃、魯迅にはふたつの共通点がある。
ひとつは、中国から日本にきて、さまざまな功績を残したこと。
もうひとつは、運命の糸にあやつられながらも、人生の岐路において、みずから決断し、強い意志で困難を克服、自分自身の信ずる道をまっしぐらに歩んだことである。
もちろん、彼らの周囲には理解者や味方もいれば、敵対する勢力もある。だが、本書を読めば、それぞれの主人公の生き方に魅了され、勇気づけられることは間違いない。
(みなかみ舎 水野秀樹 2020/12/08)